再生可能エネルギーと自然保護の狭間で揺れる地方行政の苦悩と可能性

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みなさん、北海道が森林法違反を理由にメガソーラー建設に中止勧告を出したニュースをご存知ですか?(出典:日本経済新聞 2025年9月2日

正直、「ついにここまで来たか」というのが私の第一印象でした。自治体が再生可能エネルギー事業に対して、法的根拠を持って工事中止を勧告するという異例の事態。これは単なる一地域の問題ではなく、日本全体のエネルギー政策と環境保護のバランスを問う重要な転換点なのです。

今回のポイント

森林法違反という切り札:0.86ヘクタールの無許可開発が招いた事態

2025年9月2日、北海道は釧路湿原周辺で大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設中の日本エコロジー(大阪市)に対し、森林法違反を理由に建設予定地のうち森林区域での工事中止を勧告しました(出典:日本経済新聞 2025年9月2日)。

問題となったのは、0.5ヘクタールを超える森林開発には道の許可が必要にもかかわらず、事業者が無許可で約0.86ヘクタールを開発していた点です(出典:HTB北海道ニュース)。

ここで重要なのは、北海道が「森林法」という既存の法律を活用して、実効的な規制に踏み切ったという点です。これまで多くの自治体が独自の条例を制定してきましたが、法的強制力に欠けるという限界がありました。しかし、今回のケースは、既存法の厳格な適用により、事実上の工事停止を実現した画期的な事例となります。

「投資が大きく立ち止まれない」から一転、工事中断へ

当初、事業者の松井政憲社長は「かなり投資しており、立ち止まることはできない。市と協議して進めたい」と述べ、工事を中止しない意向を表明していました(出典:日本経済新聞 2025年9月9日)。

しかし、その後事態は急展開を見せます。9月12日には、同社が「工事を一時停止する」と方針転換し、停止期間は概ね1か月から1か月半を目安とすることを明らかにしました(出典:北海道ニュースUHB)。

この変化は何を意味するのでしょうか?私は、これが単なる行政指導への屈服ではなく、社会的圧力と法的リスクの総合的な判断の結果だと見ています。

なぜ事業者は方針を転換したのか:3つの圧力

  1. 法的リスクの顕在化:森林法違反が確定すれば、FIT認定の取り消しリスクも浮上
  2. 社会的批判の高まり:11万超の反対署名や著名人による批判が相次ぐ
  3. 政治的圧力の強化:自民党の国会議員連盟が現地視察、環境省も対応を検討

条例の限界と可能性:全国200以上の自治体が直面する課題

2021年までに全国で134の「調和・規制条例」と28の「届け出条例」が制定されています(出典:京都大学大学院経済学研究科)。2025年現在、その数は200を超えていると推定されます。

しかし、これらの条例には共通の課題があります:

釧路市も2025年9月に10kW以上の事業用太陽光発電設備を許可制とする条例案を提出しましたが(出典:日本経済新聞 2025年9月13日)、条例施行前の駆け込み建設を防げないという課題に直面しています。

見落とされがちな視点:「環境と環境の対立」という新たな政策課題

ここで一度立ち止まって考えてみましょう。メガソーラー問題の本質は、実は「環境と環境の対立」にあります。

一方では、2030年の温室効果ガス削減目標(2013年比46%削減)達成のため、再生可能エネルギーの大幅な拡大が不可欠です。他方では、釧路湿原のような貴重な自然環境を守ることも、持続可能な社会の実現には欠かせません。

釧路湿原は以下のような特別な価値を持つ場所です:

この「環境と環境の対立」を解決するには、単純な二項対立ではなく、より高度な政策判断が求められます。

今後の展望:地域主導のゾーニングと国の法整備

釧路市の鶴間秀典市長は環境省に対し、太陽光パネルの設置を規制できるような法改正を要請し、浅尾慶一郎環境相は「国としてどのような対応ができるか検討したい」と述べています(前掲日本経済新聞 2025年9月2日)。

今後必要となる対策として、以下の3つのレベルでの取り組みが考えられます:

1. 国レベル:法整備の強化

2. 自治体レベル:戦略的ゾーニング

3. 事業者レベル:社会的責任の自覚

まとめ:自治体規制の新たな可能性

北海道による森林法違反での中止勧告は、自治体が既存法を活用してメガソーラー開発に実効的な規制をかけられることを示した画期的な事例です。

重要なのは、これが単なる開発阻止の成功例ではなく、「地域と再生可能エネルギーの共生」という、より大きな課題への第一歩だということです。

今、私たちに必要なのは:

  1. 既存法の創造的活用による即効性のある対応
  2. 国による法整備の早期実現
  3. 地域主導のゾーニングによる計画的な開発誘導

釧路湿原の事例は、全国の自治体に新たな可能性を示しました。しかし同時に、根本的な解決には国レベルでの制度改革が不可欠であることも明らかになりました。

2030年のカーボンニュートラル目標まで残り5年。今こそ、「環境と環境の対立」を超えて、真に持続可能なエネルギー社会の実現に向けた知恵が求められています。


参考資料